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2022年4月21日木曜日

フランス選挙は、ハラハラする



まぁ、いろんなことが起こるのです。
毎日、毎日、あきることもありません。

まず、
フランスの大統領選挙、第一回目は、どうなることか、
心配していました。
今週の末には、第2回目。
極端な考えの人が多くなっているフランスです。
でも、
どうやら、「極端」は避けられるような見込みです。

少し、ホッとしています。



 

 







私は、音楽院でピアノを教えています。
それとこれとは、関係ないのですが、
もう、この際、そんなことかまいません。
私は、若い人たちに(ちびっこでも)、
「選挙があったら、投票しにいきましょう」と
宣伝をしています。

そして、
民主主義が、空気のようにあって、
そのありがたさがわからないかもしれない、と思って、
そんな話もします。

私の意見は、押し付けませんが、
でも、民主主義を守っていきましょう、と
いうことだけは、話します。
つい、こないだまで、
女性は投票できなかったんです。
それが、やっとできるようになったのですから、
どうぞ、どうぞ、貴重な一票、
よく考えて、使って、と言います。

変なピアノの先生、と思っているかもしれませんが、
この際、そんなことは、どうでもいい、と
思ってしまいます。

それから、思います。
ちびっこたちも、政治のことは、
かなり、知っているのです。
立候補した人たちの名前も、
よく知っている。
それは、かなり、いいと思います。
そして、
政治家のことを、よく見きわめてほしいと思います。
























ところで、話は飛びます。

とても残念なのですが、
私の「3度の飯より好きな」ボデイジャムが、
なくなりました。
いえ、
あることはあるのですが、
短縮形の、ライト版になったこと。
曜日が変わって、行けなくなったこと。

もう、がっかりです。
こんなに、
楽しくて、
ステキで、
優れもの(ケガをしないように、よくできている)なのに!

と同時に、
こんな日がいつか来るだろう、とは思っていたのです。
ですから、
それなりに、いろんな準備はしていたのです。
別な街に行って、ボディジャムをやる、とか、
ハウスダンスの稽古を、自分で、もっとまじめにやる、とか。

それでも、
10何年も続けていたボディジャム、
歩いて5分のところで楽しめたのです。
お仲間と一緒に踊るのも、
とっても、楽しかったのに。
えーん、と泣きたくなります。

と、こうやって書くのも、
つらくなります。

ので、話は、次に移ります。

























先日、夫をそそのかして、
ノルマンディー海岸に行ってきました。
一泊で。
次の日は、ゆっくり
夕方までお宿に居させてもらいます。

突然、行くことを決めたので、
いつものお宿は、満員。
ですので、
てきとうに、空いているところを、
とります。
空いていれば、いいのです。

え?そこは、どこ?と、
地図で調べても、あまりよくはわかりませんが、
海なら、なんでもいいのです。
ヨードの香りがする、浜辺で、のんびりしたいなぁと
思ったのです。

そういう時は、きっと、体もヨードが必要、と
思っているに違いないです。

行き先は、だいたいわかっているだけで、
どういうところなのか、着いてからのお楽しみ。
細かいことは、カーナビにまかせて、出発。
すると、
ただそれに従っていれば、
その、知らない場所に、着きます。
















いつも行くところは、どちらかというと、
パリジャンの多い海岸。
赤貝のような貝が、よくとれます。

ここは、そのすぐ近くですが、
どちらかというと、地元の人が来るような海岸のようです。
そして、浜辺にはムール貝のからが、いっぱいころがっています。
レストランも、数は少ないですが、
ムール貝が、多い。

海の色、
空の色は、
ノルマンディー独特の、いつもの、あれです。

それから、
ものすごく遠浅です。
それに、ものすごい大潮の日でしたので、
着いた時には、引き潮で、
浜辺がだだっぴろいだけで、海なんか見えないほどでした。

私は、まぁ、寒くても、水につかってこよう、と
水着に着替えました。
泳いでいる人は、誰もいなかったので、
水も冷たいだろうと思いました。
やはり、思った通り、ものすごく冷たい水でした。

足は、冷たい、というよりも、
痛くなりました。
















お宿は、目の前が、海でした。
満ち潮のときは、
すぐそこで、波がザザーン、ザザーンとしていました。

それが、うれしくて、
ただ、ただ、ながめていました。

日本だったら、こういうところでは、
お刺身だとか、
海の幸の、
酢の物だとか、色々出てくるのだろうなぁと、
ちょっとうらめしく思います。
ここでは、みなさん、なんでも生クリームをかけて、
煮ちゃうのです。

お魚の、生クリーム煮、
ムール貝の、生クリーム煮、
もしくは、地元のチーズ、カマンベール煮、など。

うーん。

時間があれば、
魚屋さんで、生の魚を、おろしてもらいます。
でも、魚屋さんは、「生で食べるんですか!?」と
気を失いそうになったりします。

生きのいいお魚を、わざわざ、
ワインや、クリームで煮てしまうことこそ、
私は気を失ってしまうのです。


















浜辺には、
なんの貝のだかわかりませんが、
卵のカラが、いっぱいありました。
ムール貝のかもしれません。

日本では、昔、こういうのを、
「海ほおずき」と言って、
色をつけて、売っていました。

かわいいらしいカゴに入れて、
おみやげ屋さんで、売られていました。
オカメほおずき、と、
ナタほおずき、という細長いのがありました。

糸切りバサミで、
ちょっと穴を開けて、
それを口に入れて、「ズイーズい」と、
音を出します。
なかなか、むずかしいのです。
できると、得意になります。
もう、宝物のように楽しいおもちゃでした。

今でも、そんなのはあるだろうか、
もう、ないだろうな、と思いました。


夕食も、
お昼も、海辺で、いただいて、
すっかり、ヨードの空気を吸いました。

子どもたちが遊んでいたり、
人がたくさん散歩していても、
なんとなく、おとなしい、海岸でした。
いい休憩になりました。

















きょうも、どうもありがとうございました。








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2020年8月27日木曜日

ちょっと変な、新学年


フランスの新学年が、始まろうとしています。
教師たちは、準備中。
私も、それなりに、
準備中。

今年は、3月から、
学校での授業をしていません。
いつものクラスにもどれるのは、
うれしいことなのですが。

今回は、
マスクのことを考えなくては、なりません。
オンライン授業では、
マスクなしで、
自由にしゃっべっています。
それが、
学校での授業となると、
そうとはいきません。

そこが、ちょっぴり、
心配です。

これまでにも、
マスクをして、
会議に出席したとき、
一度で聞き取ってもらえなかったことがあります。
何回も、くりかえし、
ますます大きな声で、言わなくてはなりませんでした。

お店で、
かん違いされたことも、あります。

これから、授業では、
ちょっと、大きめな声で、
はっきり言わなくてはならないかもしれません。

私はいつも、
一対一のレッスンをしてきましたから、
大きな声をだすのは、慣れていないです!

それから、もうひとつの心配。

お茶を、自由にすすることが、できない!


などと、まぁ、呑気な心配をしています。

気の毒ですが、
私のまわりには、
仕事を見つけられない人が、
かなり、いらっしゃいます。
まったくの災難です。
早く、ほんとうに、どうにかなってほしいです。


きのう、
スポーツ用マスクが、届きました。

フランスでは、屋内では、
マスクが義務になりましたが、
なぜか、スポーツジムでは、マスクなしで、
みなさん、フィットネスをなさっています。
とても密で、換気もないのに、
それは、ゆるされています。

私は、まだ、行っていませんが、
そのうち、行きたいと思っています。
そのために、
スポーツ用の、息の吸いやすいマスクを
手に入れました。

とはいっても、
試してみると、やはり、ちょっと努力が必要です。
高山の、酸素の少ないところを
歩いているようなここちです。
徐々になれていけるのかもしれません。

しばらく、これをつけて、
練習をしなくては、ならないようです。


マスクをはずして、ふつうに息をするとき、

「あぁ、気持ちいい!幸せ!」

と、うれしく思います。
これまで、そんなことは、
感じたことがありませんでした。
これからしばらくは、
そんな幸せが、ひんぱんに来そうです。

よろこんでいいのか、
どうなのか、ちょっとよくわかりませんが、
やっぱり、おいしい空気は、
もっともっと、楽しもう、と
思ったりしました。

みなさんも、どうぞ、お体大切に、おすごしください。



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2020年7月11日土曜日

うるさい隣の人


ゆうべは、
おそくまで、眠れませんでした。
それは、
となりの坊やが、パーティーをしたからです。

その坊やというのは、
グランゼコールに受験するための、
きびしい勉強をしていたのです。
それが、きのう、すべて終わって、
打ち上げだ、と言ってました。

「そう、それはよかった!
すっきりしましたね」

結果は心配だけど、
少なくとも、今晩は、楽しむのだ、と
言うので、

そうね、
思いっきり、リラックスしてください、と
言って別れたところ。


夜中、12時半になっても、
音楽や、叫び声で、にぎやかなこと。
しょうがないので、
せめて、窓をしめてもらおうと、
呼び鈴を、おしてみたのですが、
ぜんぜん、聞こえてないようです。

それどころか、
道路から見ると、
あけはなされた窓から、
ぴょんぴょん飛びはねてる人も見えます。
これは、
ベッドの上で、
ぴょんぴょんはねてるにちがいありません。

このおもしろさは、
よくわかります。
トランポリンのような、はねぐあい。
私もやったこと、あります。

2年間の、きびしい受験勉強が、
やっと終わって、
やったー!という気持ちでしょう。
いつも、しーんと、
いるのかいないのか、わからないくらい、
お勉強していて、
パーティーもやったことない坊や。

それは、わかる、ぜったい、わかる。
ただ、おばさんは、眠りたいから、
窓しめてほしいなぁ、と
思いながら、
ぴょんはねを見ていました。

おまけに、皮肉にも、
聞こえてくる、テクノ系音楽は、
フランス語で、
「だから、眠れないんだ〜」という歌詞です。

呼び鈴なんども、押しながら、
あきらめるしかない、と思いました。
なかば、笑いながら、
私の寝どこに、もどりました。


午後は、
日本の友人の、
日本画の展覧会に行きました。
ちょっと、迷ったのですが、
窓の大きい、風とおしのいいところ。
思いきって、行きました。
人かげはなく、静かでした。

とても、みごとでした。


ところで、
話は、かわります。
お気づきの方もあるかもしれませんが
(パソコン版で、ぶどうをクリック)、
ピアノオンラインレッスンを、始めることにしました。

それは、
ロックダウン以来、4ヶ月くらいにわたって、
オンライン授業をしたところ、
おもしろいように、進歩なさった生徒さんが、
あったからです。

そのあと、
この形式で続けたい、という方もいく人かありましたので、
私も、とても楽しくなりました。
遠い、日本の方にも
レッスンできるかと思いました。

動画を、アップします。
ちょっぴり恥ずかしいです。
これは、いつものフランスの生徒さんに、
フランス語でレッスンしたものを、
日本語で、撮ってみたものです。
少し、緊張しました。






きょうも、
読んでくださって、どうもありがとうございました。


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2020年7月1日水曜日

心がゆれる、学年末


きのうは、3ヶ月ぶりに、
学校に行きました。

いつもなら、
路面電車にのって、
のんびり行きますが、
このごろでは、車で行きます。
ウイルスのせい、です。
なるべく、人ごみには近よらないようにしています。

東京では、小さい時、
人ごみでは、病気がうつる、という
教わり方をしてきました。
「人ごみ」とは、いみきらうような言葉だと
思っていました。
そのせいか、
うっかり、つい、このあいだまで、
人ごみというのは、
人の、ゴミなのかと思っていました。

そんなはず、ありません。
ゴミゴミしている、ときいていたので、
ゴミ、だと思っていましたが、
「人混み」だとわかりました。
その、車で、
午後の、人の出ている時間に、街を走りますと、
その、めんどうなこと。

ただでも、
のんびりしてる人、
せっかちな人、など、
いろいろなリズムに合わせるのに、
ひと苦労しますし、

おまけに、
工事で通行止めの道があると、
いつもの道順で行かれなくなります。
思う存分、想像力を発揮しないと、
目的地に、着けません。

3ヶ月以上も、
静かに、
自分の家で、
自分のリズムで、
自分の都合で、
のんびり生きていましたから、
突然、こういうシーンに会いますと、
その、めんどくささが、
ふだんのを通り越して、
「びっくり!」のレベルまで上がってしまいます。

学校に行ったのは、
授業では、ありません。
今年で学校を終えて、
発って行く人たちに、会いに行ったのです。

今年の学校でのピアノ授業は、
半分くらいしかできませんでした。

せっかく楽しみにしてくれていたのに、
それに、
10何年も一緒にやってきて、
今年は最後の年だ、と
名残を惜しみながら、毎回楽しみに来てくれていたのに、
こういう卒業の形になったのです。

一人、
あぁ、なんだか、イヤな予感がする、と
思いながら、行きました。
思った通り、
はなから、涙ぐんでいます。
今年大学に行く、という
女の子です。
成人したから、女性、というのかしら。

きれいにしたアイラインを、
くずさないように、と
ティッシュをとりだして、
一生懸命、涙を止めようとしています。
しばらく、話をしていましたが、

私は「だめだネ。もう、
メイクはあきらめて、泣きな」と
言いました。
こういうときは、
私は、だいたい、お茶目にしています。
そうでないと、
こっちも、つらいです。

11年間も、毎週レッスンに来てくれていましたから、
それが、なくなるというのは、
ものすごく、なんだか、こわいことのように、
思われるそうです。
なんとなく、わかります。
私も、
スポーツジムで、
慕っていた先生がいなくなると、
ものすごく、心がゆらぎますから。
毎年、この時期には、
こういうことがおこります。
日本だったら、卒業式の、
「蛍の光」の雰囲気、みたいなものです。

ある男の子は、
もっと元気そうにしていましたが、
それでも、
学校の建物をきょろきょろ見回して、
もう、ここに来なくなるんて、
変だな、と言っていました。

さて、
私は、
学校では、なんとか、明るくしていますが、
家に帰ってくると、
ずっしり、さびしい気持ちになります。
おかーさーん、と言いたくなります。

まぁ、いいか。
また、新しい生徒さんがやってくるのですし。

あと、ひとつ、
職員会議を終えれば、
私は、バカンスにはいります。

今年のバカンスは、
旅にも出られない、
また、訪れる人も少ない、
ひっそりとしたバカンスの予定になります。

静かなのもいいですが、
もうそろそろ、あきてきます。
この時間をどう楽しく使おうか、
考え中です。

きょうも、
読んでくださって、どうもありがとうございました。

2020年4月1日水曜日

災害を願ってしまったことは、ある


きょうは、
エープリールフールの日です。

来る日も、来る日も、
家に、こもっています。
はじめは、
「働かなくていい」という
怠けの気持ちでいました。

ところがどっこい、
テレワークで、
家にいながらにして、
生徒さんと、つながる作業をしています。
そして、動画でレッスンをします。
それは、
丸一日中、
お店をあけているようなものです。

学校に出て行って、
仕事をしてくる方が、
ラクなようにも、思えます。

まぁ、それはともかく。


ところで、
家にこもるようになって、
2週間がたちました。

もう、
きょうがいつで、
いつが、あしたで、
なにがなんだか、
よくわからなくなります。

船の長旅で見たことを、まねして、
なるべく、食事は、
変化をつけます。
忘れていた、乾物の、ひじきを
出してきて、
サラダを作ったりします。
ふだんには、めったに、おこりません。

ゆっくりお料理する時間は、あります。
それは、楽しいと思います。


それにしても、
一日に12回くらいは、
私は、「まだ、信じられない」と、
声に出して、言ってしまいます。

遠い昔、
中学のころ、
水泳大会に出るのがいやで、
前の日、
「なにか、災害でもおこって、
中止になってくれたらいいのに」と、
本気で思ったことがあります。

それから、
もっと大きくなってからでも、
演奏会の前など、
「ストがおこって、中止にならないか」とか、
「大雪でもふったら、ストップするのでは」などと、
思ったこともあります。

そういえば、
小学校のころ、
学級閉鎖になったらいいのに、
と、祈ったこともあります。
おとなりのクラスは、閉鎖になったのに、
私のクラスは、閉鎖にならなかったのです。

ところが、
今、
ほんとうに、そういう事態になってしまった。
とんでもない。

許可証をもって、外に出ても、
静かで、ほとんど人がいない街です。
テレビをつければ、
世界中が、困っています。
悪い映画を見ているようです。
そんなことが、ほんとうに、おこるなんて。

さっき、
生徒さんの一人に、
動画レッスンの最後、
メッセージをつけました。

「オンライン授業の成果が、
あまりにもかんばしいですので、
これから先、ずっと、
ロックダウンが終わってからも
オンラインで授業します。
学校のレッスンは、なくなります」

まぁ、
彼なら、これが、ジョークだとわかると思います。
ちょっぴり、おどかしてやろうと、
思ったのです。

さて、
今晩も、いつものように、
また、ニュースをつけます。
数字が出ます。
働いている方々の様子が、見えます。
涙が出てしまいます。

早く、
おさまりますように。
働いている方々が、守られますように。

みなさんも、お元気でいらしてください。
いらしてくださって、ありがとうございました。


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2017年9月22日金曜日

ニース イズ ナイス



まったく、もう、
なんの抵抗もなく、時は、すぎていきます。
スルスルと。

それなのに、いっこうに、
なにもできていないような、
焦るような、感じもします。

コートダジュールから、もどりました。
暑い夏は、終わって、
ロワール地方は、もう、だいぶ涼しくなりました。
ちょっと、暖房も、入れました。

そして、
新学期のはじまりぃ。
時間割を組むのに、大変なさわぎです。



音楽学校では、ピアノのレッスンは、
だれが、何曜日の、何時に来る、というのを、
学年のはじめに、決めます。
それを決めるとき、
もし、人気のある時間帯に、何人もの人が、
「ここ、ください」と言ったら、どうするか。

それについては、
それぞれ、先生によって、メソッドがあります。
私は、
まず、話し合い。
それでも、決着がつかなかったら、
くじびき。
ということにしています。

それで、いちおう決着がつきます。
ですが、そのあとに、

不満な人。
話し合いに、来なかった人。
まちがえて時間帯を、選んでしまった人。

などなど、
あとから、いろいろなケースの人が、
あらわれます。

それに応じるのが、私は、苦手です。

おまけに、
事務の人が、ミスをしてしまったりすると、
大変さは、増します。
まぁ、ストレスの多い作業です。
でも、これが終われば、
あとは、ピュアに、ピアノ業だけに専念できます。

今、あともうすこし、というところにきています。



というわけです。

うめぼしについて、質問くださった方、
ありがとうございました。
近いうちに、お話したいと思っていますので、
お待ちください。

ところで、
ニースの海岸は、
いつ見ても、ステキな色でした。
プラスチック製のような、色です。
写真どおりの、色です。

私は、
どうしても、ラムネのビンや、
ビー玉のきれいな色を、思い出してしまいます。
その理由が、今回、わかったような気がします。

波がきて、波がひくとき。
ザザーン、という、大きい波の音の中に、
海岸の小石が、水にころがされて、
カラカラカラ、と音をたてるとき。

その音が、
ラムネを飲むとき、
あのビー玉が、カラカラ、という、あの音と、
そっくりです。

ラムネの、しゅーっという、さわやかさと、
カラカラカラ、というビー玉の、ころがる音。
それとそっくりの、海岸です。
ニースの海岸は。



「ニース イズ ナイス」と、ダジャレを言いたくなります。
ほんとに、ステキなところです。
空港の売店で見た本は、
まさに、そのとおりの、きれいな色の、水の色の
表紙でした。

きょうも、読んでくださって、
どうもありがとうございました。


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2017年6月30日金曜日

コロコロかわる、気分


今週は、
ピアノのクラスでは、
学年末の、おやつ会をひらきました。

毎年、お菓子とお茶をだして、
生徒さんたちと、だべります。

今年は、
なんとなく、イヤな予感がしていました。
お別れのとき、でもあるからです。
10年来の生徒さんが、数人、発っていく。
その瞬間が、この、おやつ会なのです。

さよならを言う、飛行場みたいに、
さよならを言う、おやつ会。

旅に発つ、楽しいはずの飛行場が、
とたんに、きびしく、イヤなものに見えてくる。
おやつ会は、のんびり、楽しいものなのに、
苦しいものに、感じられる。

お別れ、というのは、すごく苦手です。
だからか、
とたんに、おしゃべりになって、
あまり大事でもない、関係ないことを、
ぺらぺらしゃべっちゃったり、します。



一人、とてもなつっこい高校生がいらして、

午後いっぱい、私にくっついて、
連弾をしよう、とせがんだり、
おやつを出す、手伝いをしてくれたり、
かわいらしかったです。

でも、悲しみが、しんしんと伝わってきます。

「終わりじゃなくって、
これが、始まりなんだから」

「また、どんどん、遊びにおいで」と、

口で言って、きかせても、
なかなか、説得力はないです。
私も、すごく悲しくなってしまいます。

封筒をひとつ、差し出してくれたので、
なにかな、と思ったら、
口でしゃべって伝えたら、泣いちゃうから、
紙に書いてきたのだ、と言います。
今、読んでもかまわない、と。

中身は、それはそれは、最上級の、
お礼のことばでした。
心にしみます。

ありがとうと言いたいのは、こちらの方です。
こんなに、よろこんでもらえて、うれしいです!



さて、
泣きやまない生徒さんを、門まで見送って、
そのあと私は、ダンスをしに、出かけました。
おさらい会の、リハーサルです!

広いホールのステージは、
上から、横から、
ものすごく強いライトで、照らされています。
舞台効果の煙も、ふきだしていて、
マジカルな、ふんいき。

横からの、たくさんのライトは、
目が痛くなるくらい、強いです。
先生に、

これは、見つめちゃいけませんよ。
目が、くらむから。
でも、これが、ステージの、
ポジションのしるしとなってます。
これを頼りに、自分の位置を見つけて。

と、おそわりました。

なるほど!
みなさん、いつも、こうやって、
踊ってらしたのですか。

私は、
ピアノを弾くときと、
ぜんぜん違う、ワクワク気分で、
お仲間と一緒に、楽しく、
リハーサルをしました。



と、
私の気分は、コロコロとかわりました。

次の日、
家で、お茶をのんで、
ふと、ふりかえると、
風鈴にぶらさがった、「吉」という文字が、

大きな口をあけて、笑っている顔のように、
見えました。
口、という文字が、口に見えました。
心が、かるく、笑いたい気持ちでした。

つい数日前までは、
ここで、お茶をのんで、
沈んだ気分だったのに、
なんだか、適当で、いい加減な、
ちゃらんぽらんなものだな、
私の気分なんて、あまり、あてにならない、と
ちょっぴり、おかしく、
思いました。

きょうも、読んでくださって、どうもありがとうございました。

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2017年6月14日水曜日

何で、「石川さゆり」がでてくるのだろう



学年末で、
いろいろな行事があって、せわしない毎日をすごしています。

習い始めた、
ヒップホップのおさらい会も、
もうすぐです。
レッスンの回数もふえてきました。

ものすごく苦労しましたが、
振り付けも、覚えられたようです。
少し、ほっとしています。
これで、
楽しく踊れるかもしれません。


ところで、きのう、
びっくりしたことがありました。

ピアノの生徒さんの口から、
「石川さゆり」という言葉がでてきたのです。

いやぁ、すっごくいい歌手ですね!
大好きになりました。

と、高校生の女の子が、言います。

彼女は、高校で日本語を習っています。
もともと、日本のアニメが大好きです。
その先生が、学年末だから、と
日本カルチャーの、
いろいろなリンクを、教えてくれたのだそうです。

だけれど、なんで、また、
石川さゆり?
私もたしかに、すっごくいい歌手だと思います。
けれど、
フランスに住んでいて、
こんな若い方から、そんな話をきくとは。



そういえば、
今、彼女が練習している曲は、
中田喜直という作曲家の、ピアノ曲です。

私も、小さいとき、
中田喜直の「こどものピアノ曲」に、
親しんできました。
それが、中田氏の曲がひとつ、
フランスのピアノ曲集の中に、はいっているのです。
Y. Nakada と、書いてあります。
それがまた、こちらの若い方に人気あります。

で、なぜ人気があるのか、ふしぎに思って、
彼女にきいてみると、
やっぱり、どこか日本的、なのだそうです。
それがいい、のだそうです。

どこが日本的か、というと、
石川さゆりの、演歌っぽいところが、
ちょっぴり、ある、のだそうです。

そういえば。

「夕焼けどき」なんていう、
静かな曲は、たしかに、そうです。
気持ちが高まる、山のところでは、
ちょぴり、そんな感じがします。

きのうは、たまたま、
家でお昼のとき、
ネットで、NHKテレビを見ていたのです。
(大きな声では言えないかもしれないですが)
なつかしの歌謡曲を、たくさんやっていました。

なつかしくて、涙が出たりしました。
別に好きでもなく、
なんとなく耳に入っていただけの歌でも、
けっこう、節を知っていたりします。

いくら、クラシック音楽をひいても、
バロックが好きでも、
あぁ、これが、
私のカルチャーなんだな、
私の土壌、
と、

つくづく、ルーツを感じました。

きょうも、読んでくださって、ありがとうございました。

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2017年6月2日金曜日

すっごく、さびしい


きのう、スポーツジムの帰り、
ジムダンスの先生が、ちょっとそこまで、一緒にいきましょうと、
言いました。

なんとなく、いやな予感がしました。
なんだか、秘密をうちあける、という感じなのです。
どうも、いいニュースという感じではないです。

すると、やっぱり、
思ったとおりでした。
いろいろなわけがあって、ここのジムをやめる、と、
こっそり、教えてくださったのです。
それも、あと2ヶ月で。

ええっ?!
あと2ヶ月で?
どうしよう。
こんなにダンスが上手で、
力強いやさしさがある、
すばらしい先生。
思えば、7年間、ご一緒してきた、大事な先生!



きのうは、先生と、
二人で道を歩きながら、
私は、びっくりしたけれど、
なんとなく、来るべき日がきた、という気持ちでした。

先生には、
さびしいな、と言いました。
でも、そんな予感がしてた、とも言いました。
だから、びっくりしてない、と、自分では思いました。

けれど、
家へ帰って、
そのことをくりかえし、くりかえし、思い出しました。

この先、どうしよう、と
困ったり。
別な先生が来るかもしれませんが、
こんなにいい先生は、いないはず、と思ったり。

でも、
底にある気持ちは、
底にどっしりある、大きな気持ちは、

ひたすら、さびしい!でした。

なのに、先生の前では、
あまり関係のないことしゃべっていました。
「何才くらいまで、踊れるんでしょうかね」だの、
「教え方」について、いろいろ教わった、とか。

でも、いちばん言いたかったのは、
「さびしいなぁ」という気持ちだったかもしれません。
その場で、気がつかなかったのですが。


そういえば、
つい、このあいだ、
長年ご一緒してきたピアノの生徒さんと、お別れすることになりました。
(→その話)
生徒、教師の、逆の立場です。
もしかすると、
その生徒さんの気持ちも、
同じだったかもしれないな、と思いました。

毎週、毎週、レッスンを受けていて、
何年間もくりかえしていて、
それが突然、なくなるのです。
なんだか、宙に放り出されるような気持ちがします。

でも、そのレッスンというのは、
毎週、私は、楽しみにして通っていたから、
そういう気分になるのかもしれないです。
いやいや通っていた、のではないのです。

ということは、

生徒さんたちも、もしかすると、
毎週、楽しみにしていてくれたのかもしれないな、
と、ちょっぴり、おどろきました。
必ずしも、楽しそうに弾いてるとは見えなかったからです。
譜読みがつまらなかったり、うまくいかなかったり。



けさも、早く目がさめてしまって、
さびしい気持ちが、またやってきました。
先生と会えなくなる。
それに、先生は、遠くに住んでらっしゃるから、
ひょっこり、町中で出会うこともなさそうです。

しょうがない、しょうがない、
始めがあれば、かならず終わりが来る。

という声がきこえてきます。
祖父がよく言っていました。
そうですね、
でも、いくら理屈をこねても、
さびしいものは、さびしいです。
ひたすら、さびしいです。

そして、私は、
「さびしい」を食べてしまって、
消化すれば、いいんじゃないか、と思っています。
そして、
早く、このさびしさが、どこかへ行ってくれればいいな、と
思っています。

こんな話を、さいごまで、読んでくださって、
どうもありがとうございました。

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