毎日、
来る日も、来る日も、
家で、暮らしています。
たいていは、
朝、ロワール川に散歩に行きます。
けれど、
きのうは、夕ご飯のあとに、
外に出ました。
毎日同じことをしていますから、
ちょっと、おもむきを変えたく思ったのです。
別の方向に、歩いていきました。
お店のある、古い街なみのあるところ。
毎回、
許可証を書いて、それをポケットに入れて、
外に出ます。
でも、
調べにあったことは、
この一度もありません。
毎回、同じ文句を書くのは、
もうそろそろ、あきあきしてきました。
さし絵を入れたら、
文書が、正確でない、ということで、
罰金になるのか、それとも、
警察の人の心が、なごむか、
ためしに、猫の絵をかいときました。
でも、結果は、
警察の人には、出会いませんでした。
それにしても、
この街の人々は、まじめなのでしょうか、
まったく、人が、見えません。
屋根裏部屋のような、上の方の窓からは、
あけはなれて、
音楽がきこえてきたりします。
電話する声も、きこえます。
ですが、
外で、ふらふらする人は、見えません。
私は、夫と、
「体のために」散歩していることになっています。
実際は、
久しぶりに、
すてきな洋服のウインドーを、ながめたりします。
ですが、
もう、春で、
陽気がいいのに、
ウインドーの中は、まだ、寒そうな服のままです。
いつもだったら、
季節を先取りして、
ステキなコーディネートを!と、
腕をふるうお店なのに。
ロックダウン以来、ずっと閉まっているお店。
時間が止まってしまった、
映画のようです。
ポンペイの街と、似てるかもしれません。
たまに、
救急車が、サイレンもならさずに、
ライトをチカチカつけて、
活動していたりします。
その不気味なことといったら、
映画の中にいるようです。
毎晩、
ニュースをつけますと、
数字が出ます。
その数字は、
はじめのころは、
おどろき、
心が、ひっくりかえるようでした。
ところが、
毎日、毎日、数字を見ていますと、
それが、どんどん増えていても、
ただの数字にしか見えなくなってきます。
前ほど、びっくりも、しません。
ああ、今晩も、
こんな数字がでるんだろうな、と
慣れてしまっています。
慣れてしまう、というのは、
私は、おそろしく、思います。
戦争のときも、
こうだったのか、と
父の話を、思い出したりします。
「あぁ、
あそこのうちでも、お父さんがなくなった」
などと、
よくきいていた、と。

さて、
植物や、動物たちは、
いつもどおり、元気に、暮らしています。
今、うちの窓をあけると、
藤の花の香りがします。
おとなりさんの、です。
とても、はなやかな、高級そうな香りです。
ロワール川も、
元気そうです。
写真をとるたび、ステキだなと、思います。
毎日、橋をわたったり、
家では、のんびり料理をしていた、
そんな時があったなぁ、
バカンスみたいな、
へんてこな時期だったなあ、と
なつかしく思う日が、くると思います。
将来、
忙しい仕事ができて、
てんてこまいになった時、
今みたいな、ゆったりした時間が、
うらやましくてしょうがなくなる、
そんな日がくるだろうな、と
想像したりしました。
きょうも、読んでくださって、どうもありがとうございました。
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2 件のコメント:
chiyoさん、こんにちは。外出するのに許可証が必要な毎日に、もう疲れましたね。許可証に猫の絵。考えても見ませんでしたよ。此れ、警察の人が見たら、ちょっとくらい表情を緩ませてくれたら嬉しいですね。警察とはいえ、彼らも人間ですからね。少しくらい楽しいことがないと。早くいつもの生活に戻りたいですね。イタリアの外出禁止は噂によれば5月4日まで続くらしいですよ。
yspringmind さん、こんにちは。
お隣のイタリアでも、5月4日まで外出禁止とは!
なんという長期戦。
この生活が、いつまで続くのでしょうね。
じっと耐える、単調な毎日。
そんな中、
思わず出てしまったイタズラ描きを、見ていただいて、
とても、うれしかったです。
そうなんです、まぁ、罰金になることはない、と
思うんですが。
早く、おさまりますように。
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